この記事でわかること
- 朝鮮学校が日本に設立された歴史的背景
- 法的地位である「各種学校」の意味と限界
- 高校無償化から除外された法的・政治的理由
- 自治体の補助金停止をめぐる具体的な論理
- 他の外国人学校との決定的な待遇差の根源
日本国内に約60校存在する「朝鮮学校」。
その存在を知りながらも、「なぜ日本にあるのか?」「日本の学校ではないのに、なぜ公的支援の対象になるのか?」といった疑問を持つ方は少なくありません。
この朝鮮学校をめぐる問題は、戦後の歴史と国際政治、教育の機会均等が複雑に絡み合う、極めてデリケートなテーマです。
本記事では、この疑問に徹底的に答え、その論点を深く掘り下げていきます。
1. なぜ日本に「朝鮮学校」が存在するのか? 歴史的起源
朝鮮学校の設立は、太平洋戦争終結後の混乱期にまで遡ります。
1-1. 敗戦直後の民族教育の渇望
1945年、第二次世界大戦の終結により、日本は朝鮮半島の植民地支配から解放されました。
しかし、戦時中に徴用や移住で日本に渡ってきた多くの朝鮮半島出身者、すなわち在日朝鮮人が日本に残りました。
彼らは植民地時代に禁止されていた民族の言葉や文化、歴史を、自分たちの子どもたちに教えることを強く望みました。
この切実な要求に応える形で、各地で「国語講習所」などの私設の教育施設が設立されました。
1-2. 民族教育の権利と政治的対立
当初、これらの学校は日本政府や連合国軍総司令部(GHQ)によって容認されていました。
しかし、戦後の冷戦構造の激化に伴い、朝鮮学校の運営をめぐって南北朝鮮の政治的対立が持ち込まれます。
特に1948年の「私立学校令」公布後、日本政府はこれらの民族学校に対して閉鎖命令を出します(阪神教育闘争)。
その後、多くの学校は日本の法令に基づいて再編されましたが、その中で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との関係を深めていったのが、現在の朝鮮学校の主流となっています。
現在の朝鮮学校は、その運営を在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が担っています。
2. 朝鮮学校の「各種学校」という法的地位とは
朝鮮学校が日本の公的支援をめぐる議論の中心になるのは、その法的な位置づけに理由があります。
2-1. 「一条校」ではないという事実
日本の学校教育法第1条に定められる「一条校」(小学校、中学校、高等学校など)は、国や自治体からの公的支援や、卒業資格において様々なメリットを受けられます。
しかし、朝鮮学校は、日本の教育課程の基準を全面的に採用せず、独自の教育を行っているため、「一条校」としての認可を得ていません。
これは、学校側が民族教育の独自性を保持することを優先した結果です。
2-2. 法的な枠組み「各種学校」
朝鮮学校のほとんどは、学校教育法第134条に基づく「各種学校」として、都道府県知事の認可を受けています。
各種学校の特徴
- 日本の公教育制度外で独自の教育を行う機関である
- 日本の法令で定められた教育課程の基準適用は受けない
- 大学受験資格や公務員採用試験の受験資格などに制約がある
- 同様の各種学校には、外国人学校のほか、予備校や洋裁学校などがある
各種学校であるため、国から直接的な教育補助金は出ませんが、生徒個人の教育費負担軽減を目的とした「高等学校等就学支援金」(高校無償化)の対象となる可能性はありました。
3. 「無償化」除外はなぜ決定されたのか?
「ここ日本だから、無償化受けたかったら日本の学校行ったら?」という意見が示すように、高校無償化制度から朝鮮学校が唯一除外された背景には、極めて複雑な論理が存在します。
3-1. 国が主張する「適正な学校運営」の欠如
「高等学校等就学支援金制度」は、支援金の支給対象となる学校に「法令の規定に従い、適正な運営がされていること」を要件としています。
文部科学省と日本政府は、朝鮮学校の運営実態について、この要件を満たさないと判断しました。
3-2. 朝鮮総連の「不当な支配・介入」
政府が除外を決定した最大の論拠は、朝鮮学校の設置者および運営組織が、北朝鮮と密接な関係にある朝鮮総連の指導・支配を強く受けている点です。
国は、教育基本法が定める教育の自主性・独立性が、外部の政治組織によって侵害されていると見なしました。
また、教育内容に北朝鮮体制を礼賛する要素が含まれており、日本の公金がそのような教育に使用されることは、公の秩序に反するとの懸念も示されました。
最高裁判所も、この国の判断を「合理的かつ裁量権の範囲内」として支持し、除外が適法であるとの判決が確定しています。
3-3. 他の外国人学校との決定的な差
同じ各種学校である韓国学校や中華学校は、この無償化制度の対象です。
国は、これらの学校については、教育内容や運営が日本の法令の趣旨に反しないと判断しました。
つまり、朝鮮学校のみが除外されたのは、教育内容そのものよりも、その運営主体と北朝鮮との関係性にあると言えます。
無償化除外の核心
- 朝鮮総連による教育への政治的介入
- 公金が特定イデオロギーの教育に使われることへの懸念
- 他の外国人学校は日本の友好関係にある国との認識
4. 自治体補助金停止をめぐる論理と影響
国の無償化制度とは別に、地方自治体(都道府県や市町村)は、朝鮮学校に対し独自の補助金を支給していました。
しかし、これもまた、国際情勢の緊張とともに支給が停止される自治体が増加しました。
4-1. 自治体判断の根拠
自治体が補助金を支出する目的は、地方自治法に基づく住民の福祉の増進です。
大阪府や東京都など一部の自治体は、北朝鮮の核・ミサイル開発や拉致問題の進展を受け、朝鮮学校の教育活動が「公の秩序または善良の風俗を害するおそれがある」と判断しました。
つまり、公金が使われる教育が、日本の国益や人権問題の解決に反する形で利用されるのではないかという懸念を理由に、公益性を否定したのです。
4-2. 補助金停止がもたらす影響
この補助金は、学校の施設維持や生徒への修学支援に使われていました。
停止は学校の財政を圧迫し、結果として保護者の経済的負担を増加させました。
無償化と補助金の両方を失った朝鮮学校の生徒と保護者は、他の学校の生徒と比較して、二重の経済的ハンディキャップを負っている状況です。
論点の要約
- 国は「適正運営の欠如」を理由に無償化を除外
- 自治体は「公益性の否定」を理由に補助金を停止
- 焦点は一貫して朝鮮総連と北朝鮮体制との関係性
5. 普遍的権利と国家の責務:国際的視点からの批判
朝鮮学校をめぐる問題は、日本国内にとどまらず、国際的な人権の議論の対象ともなっています。
5-1. 国連機関による度重なる勧告
日本が批准している子どもの権利条約や、人種差別撤廃条約を履行する国連人種差別撤廃委員会などは、日本政府に対し、度々勧告を出しています。
その内容は、「生徒に責任のない理由で教育の機会の平等から排除すべきではない」というものです。
教育を受ける権利は普遍的なものであり、学校の運営方針や設置者の政治的背景を理由に、生徒への支援を拒むことは差別にあたるという立場です。
5-2. 日本政府の反論の根拠
これに対し、日本政府は、無償化制度は「教育の機会均等」に資する制度であるとしつつも、「適正な学校運営」という法的要件を満たさないため、差別にはあたらないと反論しています。
国としては、公金支出の適正性と教育の政治的独立性を確保する国家の責務を優先していると言えます。
6. まとめ
「なぜ朝鮮学校は日本にあるのか?」という素朴な疑問の答えは、戦後の歴史的経緯と民族教育の切実な願いにあります。
そして、「無償化を受けられないのはなぜか?」という問いは、運営組織の政治的背景と公的支援の公平性という、日本社会にとって重要な二つの価値観の対立が原因となっています。
裁判所は国の行政判断を支持しましたが、国際的な批判や生徒たちの経済的負担は依然として残っています。
この問題は、私たち一人ひとりが、教育の権利と公金の使途について深く考えるべき重要な論点なのです。


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